
ニッチなアングラ界隈に「優等生」はいらない。
熱狂だけで食っていく、現代の生存戦略。
テレビを開けばコンプライアンス、SNSを見渡せばクリーンな「優等生」ばかりがもてはやされる時代だ。
少しでもスキャンダルを起こせば、スポンサー企業に平謝りし、表舞台から引きずり下ろされる。そんな窮屈なメインストリームのルールを、わざわざ「ニッチな世界」や「アングラ界隈」にまで持ち込む必要がどこにあるのだろうか。
結論から言おう。アングラな世界に、品行方正な優等生など必要ない。なぜなら、この界隈の生存戦略は、大衆向けの「企業案件」で稼ぐことではないからだ。
どれだけ世間から眉をひそめられようが、スキャンダルを起こそうが、関係ない。そもそも企業案件など最初から期待していないのだから、失うものがない。
アングラ界隈において成り立つ経済の本質は、「広く浅い好感度」ではなく、「狭く深い熱狂」だ。万人受けする必要は一切ない。たった一人でも、自分を盲目的に支えてくれる熱狂的なファンや、懐の深いパトロン(スポンサー)がいれば、それだけで十分に飯を食っていける世界なのである。
歴史を振り返れば、世間を騒がせるほどの「炎上」や「アウトローな毛並み」をエネルギーに変え、最終的に文化人や実業家として頂点に登り詰めた成功者は少なくない。例えば、北野武氏。かつてフライデー襲撃事件という前代未聞のスキャンダルを起こしながらも、その圧倒的な才能とカリスマ性で世界の「キタノ」へと昇華した。あるいは、お笑いからボクシング、そして芸術家へと独自の道を開拓した片岡鶴太郎氏。ネットの混沌から生まれ、数々の物議を醸しながらも、今や独自のポジションを確立した「ひろゆき」こと西村博之氏。
彼らに共通しているのは、世間が求める「優等生」の枠に収まらなかったこと、そして自分だけのニッチな市場と熱狂を味方につけたことだ。炎上や逆境すらも、自らのブランドを強固にするための燃料に変えてみせた。
綺麗事だけで塗り固められたコンテンツは、一見安全だが、誰の心にも刺さらない。
これからのニッチ・アングラ界隈を生きる者に必要なのは、誰からも嫌われない優等生の顔ではない。世間を敵に回してでも、特定の誰かを狂わせるほどの「毒」と「魅力」なのだ。
しかしながら、どれだけニッチな世界に身を置いていようが、やっていることが中途半端で、本質に「小物臭」が漂っている人間からは、最終的に人が離れていく。
そんなチンケな男がいる。特定の女性を沼らせ、いいように金を貢がせている男。その貢がせ方すらも中途半端なのだ。いざ状況がヤバくなると、保身のためにあっさりと関係を切る。そんな身勝手な裏切りを何度も繰り返しているらしい。
やっていることのスケールが、とにかく小さい。何億、何十億という本物の資産を築き上げる胆力も頭脳もないくせに、「あと4年で引退する」などと、一丁前に大物ぶった台詞をほざいているのだから呆れてしまう。
本当にどこまでも情けない男だ。本物の世界で勝負もできず、狭いコミュニティの中で女性を搾取して逃げ回るだけの人生。そんな中途半端な生き方で、一体何が残るというのだろうか。どれだけ虚勢を張ろうとも、そのメッキはすでに剥がれ落ちていることに、本人だけが気づいていない。


